R&Dラボ便り

情報銀行がマーケティングリサーチにもたらすインパクト
 ~パーソナルデータのより良い利活用に向けて~

執筆者:日本リサーチセンター R&Dラボ
チームリーダー 小口裕

パーソナルデータ流通とは何か

 米ウーバー・テクノロジーズ(Uber)のライドシェアサービスやAirbnbの民泊サービスに代表されるシェアリングエコノミー(共有型経済)が世界中で急速に市場を拡大しています。その一方で、2018年になってから、企業が保有しているデータを、企業間でシェアしながら、その利活用方法を探っていこうという取り組みが、マスコミに記事として取り上げられる機会も増えてきているようです。

 そこで今回のR&Dラボ便りは、企業によるデータのシェア、そして利活用の試みである「データ流通」と、この動きからもたらされるマーケティングリサーチ業界へのインパクトについて考えてみたいと思います。



 シェアリングエコノミーの一端としてデータ流通を捉えてみると、まず気づくのが、一般的なシェアリングエコノミーとの違いです。それは何かといいますと「データはモノではない(無形財である)」という点です。もちろん、財をシェアするという点で両者は似ているのですが、有形財を中心とした一般的なシェアリングとは異なる性質がありそうです。データをシェアリングでは、単に流通させることで価値が発生するというより、むしろデータを介して生み出された事業や商品サービスに対してより大きな価値が発生するという性質があります。この点で、同じシェアリングといっても、その価値が誰の目から見ても明らかなモノのそれとは違っているようです。

 したがってデータ流通・市場の要件を考えてみると、単なるトレーディングの機能だけでは十分とはいえず、むしろ、データを用いた価値創出、つまり新しい商品やサービスを生み出す機能がどこかに実装されていないと、流通そのものがうまく機能していかない、という面がありそうです(図1)。東京大学大学院工学部 大澤教授による「データ市場:データを活かすイノベーションゲーム」(近代科学社刊)では、データ市場構築の大切なプロセスとして「データ駆動型イノベーションの実現」の重要性が主張されており、大澤教授は、その手法としてIMDJ (Innovators Marketplace on Data Jackets)というゲーム型のワークショップ手法を提唱されています。

 このようにデータ流通は、まだまだ新しい取り組みではありますが、ビジネスとして考えてみたとき、今後は大澤先生の主張されているような「価値創出のプロセス」がますます重要になってくるのではないでしょうか。

図1:データ流通の活性化サイクル ~ データによる価値創出の重要性

  出典:みずほ総研発表資料を著者一部改編

 特に個人のデータであるパーソナルデータの流通において、データによる価値創出のプロセスは、データを提供する個人へのインセンティブの観点からも、重要であるといえます。

 このパーソナルデータの流通ですが、主に2つの段階が考えられます。

 最初の段階は「個人からデータを収集して、それらを保管していく」プロセスです。最近、「PDS( Personal Data Service/Store)」「情報銀行/情報信託機能」と呼ばれるサービスが盛んに取り上げられていますが、まさに生活者視点で「個人からデータを収集して、それらを保管していく」ことを実現するサービスの1つであるといえるでしょう。マーケティングリサーチの視点では、対象者情報の収集=サーベイと置き換えることができそうです。

 そして次の段階は、収集したパーソナルデータを処理した後、流通経路を経て新しい価値を創造していくステップです。先と同じようにマーケティングリサーチの視点では、データの集計・加工・可視化、そして、さらにその先の商品・サービス開発・提供・使用体験に至る幅広いステップを包含している段階といえるでしょう。最近「ユーザーエクスペリエンス(ユーザー体験)の向上」という言葉がマーケティングや商品・サービス開発の分野で盛んに取り上げられています。日本リサーチセンターでも2015年から「NRC UXリサーチ」を提供していますが、パーソナルデータによる価値創出のゴールには、ユーザー(生活者)体験の向上が必然的に含まれているとも言えます。

 ただし、パーソナルデータには医療・介護、教育といったマーケティングとは異なる領域のデータまで含まれてきます。したがってリサーチャーは、より広い視点を持ち、生活者の抱える課題と向き合う必要が出てくるのかもしれません。これを市場機会と捉えるかどうか。あと、2段階目だけをデータ流通として捉えることもあり、本稿ではこれについて、より狭義のパーソナルデータ流通として考えたいと思います。

パーソナルデータ流通が本格化する背景

 では、シェアリングエコノミーという視点から、パーソナルデータの流通を捉えるとどのような構図になるのでしょうか。もう少し突っ込んで整理してみたいと思います。

 図2は2018年6月にみずほ総研から発表されたシェアリングエコノミーに関するレポートの図を、パーソナルデータ流通の場合に置き換えてみたものです。

 先の通りパーソナルデータは無形財ですが、基本的には財のシェアリングなので貸し手がいて、借り手がいます。シェアリングの方法についても、単に財を利用・仲介するだけでなく、他の有形財と同じように仲介する企業が貸し手を兼ねるパターンもあるでしょう。また、データの貸し手が個人、借り手が法人という構図で、個人がパーソナルデータを登録して、それを預かる立場になるのが前述のPDS( Personal Data Service/Store)、情報銀行/情報信託機能と言えます。また、貸し手と借り手が共に法人の場合で、そのマッチングをしたり、パーソナルデータを第三者とシェアしていく機能を担っているのがデータ流通や取引市場であるといえるでしょう。当然、有形財と同様に、自身が貸し手を兼ねる場合もあります。

図2:生活者のデータシェアリング ~ パーソナルデータの流通・市場について

                         出典:みずほ総研発表資料を著者一部改編

EU一般データ保護規則(GDPR)と MyData(マイデータ)
 ~ マーケティングリサーチへのインパクト

では、このようなパーソナルデータの流通が、なぜ今2018年になって本格化しているのでしょうか。

 まずマクロの視点から大きく俯瞰してみると「スマート経済化、デジタル経済化」という大きな潮流の影響がありそうです。マーケティングの視点で見た場合、言い古された感はありますが、これらの潮流の主役はやはりスマートフォンで、これを起点としたパーソナルデータの流通量が爆発的に増加していることが挙げられます。このようなパーソナルデータ=アプリケーションやブラウジングを通じて事業者側に還流される個人の膨大なトランザクションデータを経営資源として捉えて、より利活用したいというニーズが必然的に高まってきています。

 さらに、スマートデバイスを通じて生活者と事業者がつながりを深めるなかで、自社のみが保有しているデータだけではなく、保有データに特徴をもつ他の事業者と結びついてお互いにデータを融通しあって、生活者の解像度を高めて、生活者体験向上によりわかりやすく貢献する商品やサービスを拡充することで、事業をより有利に進めたいというニーズも顕現してきます。

 ただ、そういったニーズの一方で、自社ユーザーのパーソナルデータは自社の競争力を左右する重要な経営資源であることは変わりありません。他社への供与は、一つ間違えると他社を利する結果につながるリスクもあります。そのような時、他社との相対では、提供するのも、提供を受けるのも気が少し引けてしまうかもしれません。そこで、直接的な利害やリスクを伴わない、または提供するメリットが感じられやすい、より多くの事業者との共同事業体(コンソーシアム)を組み、契約で担保された限られたメンバーの枠組みの中でのみデータを相互融通したい、というニーズが発生してきています。

 また一方で、このような民間事業者を支援するための公的な法整備が進んでいる側面も挙げられるでしょう。具体的には、2016年の官民データ活用推進基本法の施行などがそれにあたります。

図3:パーソナルデータ流通の背景にあるもの 
             

 さらに、企業経営からみたパーソナルデータ流通に関する別の側面として、パーソナルデータを保有することそのものの経営リスクが顕在していることもあると言えるでしょう。

 たとえば、みなさんもご存じの通り、欧州連合(EU)の一般データ保護規則(General Data Protection Regulation/GDPR)が2018年5月25日に適用開始となりました。自分についてのデータ=パーソナルデータは自分が提供した企業のものではなく、本来「自分自身のものである」というマイデータの思想が欧州を中心に広がりつつあります。そうなると必然的にパーソナルデータを一企業が保有しておくこと自体が、漏えいを始めとする経営上のリスクとして大きく捉えられるようになります。必要以上のパーソナルデータは持たない、もし必要ならば、その時に個人からリサーチ/サーベイやPDS・情報銀行/情報信託機能を介して手に入れればよいのでは、という考え方が、これからの時代ますます一般的になっていく可能性がありそうです。

 それではこのような動きは、今後、マーケティングリサーチ業界やその役割に対して、どのような影響を与えていくと考えられるでしょうか。次回、引き続き考えていきたいと思います。

(続く)           

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